アトピーって、身も心も本当にボロボロ、ズタズタになります。何度も死にたいと思ってしまうし、実際死にたいと言ってしまった事もあります。アトピーブログを読んでいても、多くの方が死にたかった、もしくは死にたいという言葉を目にします。
最近見た映画で、実話を元に自殺を題材にしたものを見た時に、ハッと気付いた事があります。
私は「死にたい」と言ってしまった事を、とても弱かった、自分は最悪だとずっと思っていました。聞いてしまった人も本当に最悪だったでしょう。
「死にたいなんて冗談でも言っちゃダメ」と言いますが、それを私は「冗談でも言っちゃダメ、本気だったら尚更言っちゃダメだ」という事として受け取っていましした。確かに冗談では言ったら最悪です。人を脅すひどい事だと思いますし、死ぬ気もないのに「死んでやる!」とか言うのはもっての他です。でも、、例えば本気だったら、本気でもう死にたいと思ってどうしようもなかったら、私は言ってもいいと思います。いえ、むしろ言うべきだと、映画を見て思いました。
私自身も、死にたいと思っていた時は、本気だったと言えます。本気であればあるほど、真剣であればあるほど、死にたいとも言えない切迫した気持ちでした。そして「死にたい」と実際に言ってしまった時、本当に自分は弱く、とてつもなくだらしなく、最低な人間に思えました。
でも、それは違っていたのではないかと思います。本当は強かったんじゃないかって。
強かったから、「死にたい」と言えたんだなと思うのです。本当に紙一重の所であっても、私は必死に生きたくて助けを求めていたのです。誰も助けてくれる事ができないとしても、必死で助けを発信していたのです。それは生命欲というか、そういうものが自分では気付かなくても残っていたのです。
「死にたい」というより、むしろ「死にたい程苦しい」という事なのですが。。。
単純な話、本気で死にたいと思っている人がいて、それを誰かに言う人と言わない人では、言った人の方が数%でも助かる可能性が広がるのです。誰でもいい、それを聞いた人が本気で受け取ってくれて、何かしらの対策をとってくれるかもしれないし、自ら病院へ行って「死にたい」と言えば、そこで治療を受けられます。『死にたいと言う人に本当に死ぬ人はいない』というのはウソです。何度も未遂をして結局死んでしまう人も多くいます。
入院していて最高にしんどかった時、痛かった時、死にたかった時も、我慢に我慢を重ね、ほとんど何も訴えませんでした。3人も違う看護婦さんに、心配された位です。「モトコさんはどうしてそんなに強いの?」と聞かれた事もあります。実際は弱りすぎて何も言えなかったのもありますが、助けを求める事は弱い事だとも思っていたし、人を煩わすくらいなら静かに死のう。。。とか思ってました(笑
何もなく今生きているからいいものの、もしその時命を断っていたなら、「何で言ってくれなかったの!?」って事になってると思います。
今も、多くの人がアトピーで苦しんでいて、中には死にたいと思っている人もいっぱいいると思います。死にたいとも言えず、助けも求められずにいる人も・・。
実際、助けを求めるのにも勇気がいります。拒絶されたらどうしようとか、本気にしてくれなかったらとか、助けを求めても救われないだろう、とか。「死にたい」と言う代わりに自傷行為や未遂を繰り返す人もいるでしょう。でも、そんな人達に私は言いたいのです。「死にたい」と言ってしまう事、未遂をしてしまう人、あなた達は本当は強いんだ!って。生命欲が強いからこそ、必死で手をのばして助けを求めているんだ!って。
だからもし本当に助けが必要なら、勇気を出して助けを求めてほしいのです。家族に言うのがはばかれるのなら、心療内科などに行き医師に相談できます。精神科や心療内科ではサックリと「死にたくなりますか」など聞かれます。言いやすいです

薬で少しでも楽になり時間稼ぎでも出来るのならとりあえずしてほしいです。
死にたい程苦しい人へ・・・・でした。